1.概要

弊社はカルボキシル基の組織上誘導体化法として「MALDI質量分析イメージングを用いたマウス精巣におけるピルビン酸および乳酸の可視化のための組織上誘導体化法」についての論文を発表致しました。

質量分析イメージング法(mass spectrometry imaging : MSI)を用いた測定は、前処理法の工夫により、現在では様々な分子の検出が可能です。しかし、生体内代謝物のような微量でイオン化効率の低い分子の検出は難しく、これらの分子のイオン化効率を改善する方法として誘導体化法の開発が行われています。

現在までにカルボキシル基をもつ分子の誘導体化法は報告されていますが、弊社で開発した方法では、新たな試薬の合成は不要で、カルボキシル基以外の分子にも応用が可能です。

本論文では、3-ニトロフェニルヒドラジン(3NPH)とカルボキシル基の縮合反応を介したアミド結合形成による組織上誘導体化反応の最適化を行い、マウス精巣におけるピルビン酸と乳酸の可視化に成功しました。

 

2.MALDI-MSIにおける組織上化学誘導体化(on-tissue chemicalderivatization:OTCD)

質量分析イメージングは分子の空間情報を得られる貴重なツールです。しかし、質量分析では分子のイオン化が必要なため、濃度、生体内マトリックスによるイオン化抑制、分子のイオン化効率などが原因で、可視化が困難な分子も多く存在します。

この問題を解決するために、標的分子に化学的に標識を付加することによって、高感度化を実現する様々な誘導体化法が報告されています。現在でも誘導体化法の開発は盛んで、近年ではphos-tagを用いたリン酸基の誘導体化法を用いることで、世界で初めてスフィンゴシン1-リン酸(S1P)の可視化が報告されました*1。

また、代謝物に多く存在するカルボキシル基の誘導体化法についてもN,N,N-trimethyl-2-(piperazin-1-yl)ethan-1-aminiumiodide(TMPA)*2や1-(4-(aminomethyl)phenyl)pyridin-1-iumchloride(AMPP)*3などを使用した誘導体化法が近年、報告されています。OTCD以外にも無機マトリックスと有機マトリックスを組み合わせた matrix enhanced (ME) -Pt-SALDIなど様々な工夫が進んでいますが、それでも脂質メディエーターや極性の低い分子などは可視化が難しいのが現状です。

*1:https://doi.org/10.1021/acs.analchem.0c04479

*2:https://doi.org/10.1021/acs.analchem.0c02303

*3:https://doi.org/10.1021/jasms.2c00336

 

3.生殖・癌研究ならびに腸内細菌叢研究への応用に期待

本誘導体化法ではピルビン酸および乳酸の他、TCA回路の主要代謝物においても強度の改善が認められました。また、本手法はカルボキシル基以外にカルボニル基、リン酸基にも利用できるため、ATPなどのエネルギー分子を含め、様々な分子に応用できると考えられます。

そのため、特にエネルギー代謝が活発な生殖分野や特殊な代謝を行う癌研究での応用が期待できます。例えば、生殖分野では異なる週齢や疾患モデルの精巣の解糖系・TCA回路代謝物を可視化することで、精子形成のエネルギー代謝のスイッチがいつ・どこで起こるのか見ることができ、精子形成制御機構の解明に役立つと考えられます。

また、正常細胞とは異なる嫌気的代謝を行う癌の代謝を可視化することで、癌特有の代謝制御機構の解明につながり新規癌治療薬の開発への応用が期待できます。

癌研究以外の応用として近年注目されている腸内細菌叢研究への応用が考えられます。腸管における短鎖脂肪酸の可視化分析を行うことにより、どのような場所でどのような短鎖脂肪酸が産生されているのか、それに局在があるのか、など理解が進むものと考えられます。

 

4.生体内代謝物の可視化における質量分析イメージングのメリット

分子イメージングにはMSI以外に免疫組織化学染色(immunohistochemicalstaining:IHC)や陽電子放出断層撮影(positronemission tomography:PET)等が利用されていますが、代謝物はPETプローブの作製が難しいため、分子を直接イオン化し、測定できるMSIは有効な手段と考えられます。また、同時に複数の化合物をみることができるため、代謝変化をとらえやすいこともメリットの1つです。

ラマンイメージング顕微鏡も代表的なイメージング技術の1つですが、分子の官能基をシグナルとしているため、特異性に課題があり、生体内代謝物のイメージングには向いていません。

このような理由から、生体内代謝物の可視化には質量分析イメージングが適しており、特に弊社で使用しているiMScope TRIO(島津製作所)は顕微鏡下で測定が可能なため、高倍率でも観察した光学画像とイメージング画像がずれることなく、特定領域の標的分子の分布を正確に知ることができます。

 

5.まとめ

分子イメージングには様々な技術や装置が使用されていますが、質量分析イメージングは生体内代謝物の測定に優れ、誘導体化をはじめ様々な前処理技術の工夫により、今までみえなかった分子の可視化の可能性が広がってきています。

また、サンプルや分子の種類によって適した方法・装置を選択することが重要です。弊社では、今後も「見えないものを見る」ために質量分析イメージングの技術開発に積極的に取り組んでおりますので、お気軽にご相談ください。